増永眼鏡の新しいステージ

増永眼鏡は1905年から続く眼鏡工場で、昭和天皇にメガネを献上したことでも知られています。
日本のメガネ生産の約9割を福井県が占めており、主に鯖江市やお隣の武生市で作られております。農閑期に出稼ぎに出るしかなかった豪雪地帯に、増永眼鏡の創業者である増永五左衛門氏は東京や大阪からメガネ職人を呼び寄せメガネ作りを勃興させました。日本のメガネ作りは江戸時代まで遡るそうで、江戸時代に“伊達メガネ”を掛けるのが流行ったと言 われております。1905年と言えば明治4年ですので、もしかしたら伊達メガネのようなファッションメガネから、度付きメガネへ普及していくようなタイミングであったのかもしれません。

WALDORFはそんな増永眼鏡の「MASUNAGA since1905」というシリーズからリリースされました。記憶が曖昧なのですが、2017年か2018年頃にリリースされたモデルだと思います。*間違っていたら申し訳ございません。
今回の一本はそんな「WALDORF」について語せて頂きたく思います。


WALDORFが生まれた背景

WALDORFを語る上でチタン素材を抜きにすることは出来ません。前回CF606のコラム(思えば、メガネは美しい 「クレイトンフランクリンCF606」)でも書きましたが、メガネにおけるチタン材の加工はとても難しく、中国でも非常に苦労しています。チタン材を使ったメガネを作るには硬度による加工の問題やメッキなど、メガネ作りの総合力を問われます。これだけ中国でメガネ作りが進歩してきていても、日本製のチタンメガネのクオリティには遠く及ばないと言います。

WALDORFがリリースされる前のコレクションから、「MASUNAGA since1905」はこういった細くてより難しいチタンのメタルワークにチャレンジしてきたと記憶しています。その背景にアメリカ市場が影響していると、私は2018年くらいから感じていました。先日の展示会で増永眼鏡の方とお話したところ、やはりその通りだと言うことです。

アメリカではここ数年、ワービーパーカーという安売り量販店が台頭してきています。日本でいうとジンズのような形態なのですが、価格はジンズほど安くありません。またアメリカでは検眼に約50~150ドルほど費用が掛かるので、格安店と言えどもメガネ1本を作る総額は日本の3~5倍くらい掛かります。そんなワービーパーカーの商品ラインナップを見る度に、「増永化してるな」と感じていました。ワービーパーカーのメガネフレームは中国製なのですが、増永眼鏡の「光輝」というプラスチックフレームをそのまま模倣したラインナップが沢山ありました。コロナウィルス感染拡大前、私は年間3~4回渡米していたので、ワービーパーカーの動向をリアルに体感していたのです。

そういったアメリカ市場での差別化を図るためにも、中国では作ることの出来ないチタンのメタルワークが施されたモデル・シリーズを発表していったと言うのがWALDORFが生まれた背景でもありそうです。


これぞ日本製のメタルワーク

さて本題のWALDORFを紐解いていきます。
まずWALDORFは全てのパーツがチタンです。耳に掛ける部分も鼻パットもチタン製です。またよく見るとレンズを留めるリム(枠)部分と、上のバー部分(ネイビー部)が別体となっています。このバー部分はテンプルまで継ぎ目の無い、一体プレスで成形されています。これによりロー付け部がありませんから、丈夫になります。チタン材は硬いので、成形するプレス機の重さも大きなものが必要となります。

また2つの金属パーツを“合わせる”精密さも重要で、このあたりの精度はさすがメイドインジャパンと言ったところです。本当にピタっと金属同士が合わさっていて、レンズを入れたときもしっくりきます。ただ、度付きレンズの選定・加工にはコツが必要です。予めレンズ発注の時点でカーブを合わせないと、素材が硬いので融通が利きません。


一体で曲げられた「智(ち)」の部分に私はWALDORFの“色気”を感じています。テンプルまで流れるラインと、長めに設定された「曲智(きょくち)」がとても好みです。もしかしたらこの細身ながらも立体的に見えるこの部分が、WALDORFの最大の魅力と言って良いかも知れません。

ちなみに「智(ち)」とは、フロント部分とテンプル(ツル)の部分を繋ぐところで、「曲智(きょくち)」とはフロントから折れ曲がった先からテンプルに繋がる構造を言います。


特にこのダークネイビー×シルバーのツートーンカラーのモデルが人気となっているのですが、このカラーリングが文句なくカッコ良くて定番であるブラックを凌いでおります。また薄いカラーレンズとの相性もよく、調光レンズを含めて色付きのメガネとしてオススメしたいWALDORFです。


私達、メガネ屋は耳に掛かる“つる”の部分を「テンプル」と呼んでいるのですが、一般的にこの部分にはプラスチックやラバーの耳あてが付いていることが多いです。しかしWALDORFは金属でして、私達はメタル手と呼んでおります。こういったWALDORFを取り巻く背景から、コンセプトまでを考えていくと一貫した哲学を感じることが出来ます。

繊細なチタンメガネの集大成

チタン材の塊のようなメガネを過去に何度も見てきましたが、これほど繊細でエレガントのメガネはそうそうありません。細く作るとどうしてもデザイン性が損なわれたり、何の変哲もないつまらないメガネになってしまいます。私は「シンプル イズ ベスト」という言葉がとても嫌いで、デザインし尽くされたプロダクトはどこかに棘を持っているので簡単な「シンプル」には行き着かないと思っています。

こうやって無造作に置かれた時のフォルムも様になり、カメラや時計を愛でるような感覚を覚えさせてくれます。そんなWALDORFの魅力を皆様に知って頂きたく、長々とコラムを書いてきました。日本におけるチタンメガネの最高峰と言っても過言で無い逸品です。すぐに売り切れてしまい、メガネナカジマの店頭にある時も少ないのですが、もし見掛けらたマジマジとご覧くださいませ。

最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございます。